甘やかな人

10数年前のこと。ミクシィmixi)というSNSが流行していて、そこに私も登録をしていました。

Facebookと違って実名登録ではなかったものの、「○○高校」とか「○年卒」というカテゴリが用意されていたので、そこで中学時代、高校時代の懐かしい友人たちと再会をしたのです。

うろ覚えではあるけれど、mixiの中で「他己紹介をする」ことが流行したときがあり、数人の同級生が私を紹介する文章を投稿してくれました。

そのなかで、確か同じクラスにもなったことのなかった男の子が私のことを「甘やかな人」と表現してくれたのです。

甘やかな人。

このときが、わたしが「甘やか」という言葉と出会った最初のときだっただろうと思います。

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甘やか・・・甘い感じのするさま、-な香り、-な歌声

 

それ以降、「甘やか」という言葉は、私を表す表現のひとつとして、ストックされました。

どちらかというと優しさよりも厳しさ。やわらかさよりもストイックさ。そんな激しい自分を知っているからこそ、私のことをこんな風に捉え、こんな言葉で表現をしてくれる人がいるのだということがくすぐったくもあり、うれしくもあったのでした。

恋をした相手でもなく、憧れの先輩でもなく、同じクラスにもなったことのない男子だったというところがまたいいでしょう?

 

自分の中にある表現がひとつ増えるごとに、世界が少し広がります。ほんのちょっとではあるけれど、その広がりが重なることで、見える世界は確実に変わってゆく。

どうやったら文章がうまくなりますか?と聞かれることもあるけれど、そのひとつは、美しい言葉に触れることだと思う。そして、その言葉の意味するところと、自分の中にある“何か”を重ね合わせて、自分の言葉としてストックしていく。

遠回りにみえて、それがいちばん近道だと思うのです。